もうはるか昔に他界した私の父が都立高の体育科教諭として現役バリバリの頃、臨海訓練で遠泳指導に従事していた千葉・館山の海辺に建つ学生寮が老朽化の為、公共入札に掛けられて民間に売却譲渡されました。
都会の生活から数十年の時を経て、故郷の館山に戻られたオーナーシェフさんが取得されたそうで、4年前に房総半島を襲った台風15号による半壊被害の苦難を乗り越えて、現在は敷地内にイタリアンレストランとドッグラン施設を増築し、寮はペットと一緒に宿泊できるオーベルジュとして改装されて生まれ変わったことを最近になって知りました。
牧歌的な当時は臨海訓練が終了し、生徒が帰京したあとの数日間は教職員家族の宿泊が許され、母に連れられて真っ黒に日焼けした黒サングラスの父と1ヶ月ぶりに再会する怖さと照れくささもあって、まだ幼少期だった私はこの寮に懐かしい想い出が溢れています。
海から戻って砂を落とす外シャワーの水栓を握る感触、お風呂のタイル模様、磨き抜かれた廊下と階段、ひんやりする食堂の板の間、やかんで沸かした麦茶の香り、冷房もないのに涼しい和室、中庭を吹き抜ける潮風、豚の蚊取り線香、あれから55年経った今でも鮮やかに記憶しています。
私は居ても立っても居られなくなり、今月末にエントリー済みの「館山若潮マラソン」前泊の宿として泊まりに行こうと思い立ち、予約可否をメールで問い合わせをしたところ、お一人様の宿泊は受けていないとのこと。あっさり断られてしまいました。
ペンションオーナーさんにしてみたら、イタリアン・オーベルジュにおっさんひとりの宿泊客なんて採算が合わないし、ちょっと気味が悪い客に決まってます。
きっと会社でリストラされて、家族からまったく相手にされず、友だちもいない可哀想な人と思われたに間違いないでしょう。
返答をいただいた御礼と簡潔に経緯を書いたメールを送り、よく調べずに宿へ連絡してしまったことをひどく後悔していたら「もしかして卒業生さんですか?」と再びペンションから返信メールが入っていることに気づきました。
「私は卒業生ではなく教職員の息子ですが、55年前からお世話になっていました」と伝えると「そうでしたか。今回は特別にお一人様のツイン利用になるので割高になりますが..」と例外的にシングル宿泊料金のご提示をいただきました。
思いもよらない申し出に本当は嬉しかったのですが冷静に考えてみると、本来はペットを連れて家族や友人と休暇を愉しむペットツーリズムのイタリアンオーベルジュです。
冴えないおっさんがアシックスのシャカシャカを着てテーブルで一人、鯛のポワレを食べてるシーンを想像するとあまりにも痛々しすぎます。
迷いに迷った末、今度ロードバイクの遠征時にちゃんと予約してランチで立ち寄るので、その時にお客さんがいなかったら少しだけお部屋を拝見させて下さいとお伝えし、宿泊は丁重にご辞退させていただきました。
想い出は潔く想い出のままで良し。また次の世代の方がそこに新しい想い出を作れば良いのです。今回も長くお世話になっている岩井海岸の漁師さん家に泊めてもらいます。
オーナーさんのお話では卒業生がお孫さんを連れて訪れることがよくあるとか。おそらく築60年近い木造建築の建物ですが末永く未来に残して欲しいと思います。
いま私の頭の中は大瀧詠一さんの「君は天然色」がヘビーローテーション。
ただもしひとつだけ私の願いが叶うのなら、もう一度30km地点の甲冑おばあちゃんに逢いたい。
フルマラソンは新型ウィルス感染拡大による中止を挟んで4大会連続DNF中ですが希望を捨てずに再会したい。
完走とかタイムとかどうでもいいです。いつも暖かく応援してくれる甲冑おばあちゃん、どうかお元気でいて欲しい!と願っています。
END