市川パパのRUN日誌®︎

市川真間に住む一児のパパです。2017年6月、遂に柴又100kで、憧れのウルトラのパパになれました。シュワッチ!切れ味鋭いカミソリより、何でもブッタ斬るナタになりたい。

【柴又100kの敗者から次のウルトラランナーへ贈るエール その5】

ブヒブヒっ!香川真司です(笑)ウソです。
次にメンタルの事を書きます。

スタート以前から、僕が100kmを完走するには、過去の完走者データからリタイアが懸念されるパラメーター値があった事実は前記の通りです。

しかし、冷静に振り返れるようになった今、よく考えると、やはり気持ちで負けた気がします。恥を承知で反省ポイントを書きます。

レースペース表なんか作製する前に、コース覚えとけ、このボケッ!と?れそうですが、まず僕が最初にココロが折れたのは、往路のフルを超えた43kmあたりです。

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事前にコース図を全く確認してなかった訳ではないんです。なんとなく折り返し付近がゴチャゴチャしてるなというイメージは持っていました。行けば判るだろうぐらいの感覚だったと思います。

あと数キロ走れば折り返しというノリノリの状態で、半日かけて北上して来た江戸川左岸を突然右折して、まさか対岸に向かう橋を渡るとは思ってもいなかったのです。

もう少し北上したら江戸川河川敷を左側に外れて、すぐ折り返しだろうと勝手に決め込んでいました。

さらに長い橋を渡り切ったところを右折し、まだ中間点にも到達してないのに、スタートした柴又へ戻る、江戸川下流の方向にコースが続いているじゃないですか!

えっ、マジかよ!と思った時点で、僕は早くも柴又ウルトラに飲み込まれていたんだと思います。少なくとも、よし行くぜとは思えなかった。だいたい写真とか撮ってるし(笑)

コースに従って河川敷の土手を下ると、今度は右に180度ターンして、砂利道を数キロ、また北上するというタフなコース設定。もう泣きたくなりました。あとたった7kmで折り返しだと思っていたのに。

さらに追い討ちです。ランドマーク的な城址跡が視界に入り、ここが折り返し地点だろと期待させて、コースは再び江戸川の中洲に引き戻されます(泣)

僕は文章力が低いので、上手く伝えられないのですが、少し余力のあるランナーを思いっきり持ち上げておいて、一気に突き落とすコース設定と言えば良いでしょうか。

やっとの思いで辿り着いた折り返しの五霞町は、ドロップバッグが届いているコース中で最大規模のエイドですが、エイドの出口直後に関門が設定されてあり、関門ギリギリランナーには、立ち寄ってるヒマなんかねえぞ!というパワハラ的な無言のメッセージがひしひしと伝わり、心理的な焦りがありました。

予定通過時刻から遅れ気味でしたが、折り返しのエイドで15分のストップを見込んでいたので、ココまではレースプラン通りでした。

気になるのは、右足裏の母指球のマメだけ。芝生の上には腰を下ろさず、立て膝のままドロップバッグを開けてジェルを補充し、前記のソルマックを飲んで、すぐに立ち上がりました。

五霞町の関門を通過し、そして再び、河川敷に出たところで右足裏のマメが、母指球の内側に沿って、三日月型にパックリ割れたことを自覚しました。

この瞬間に、僕は思い切って五霞町のエイドに戻る決断が出来なかった。1キロ近く戻る事になりますが、ドロップバッグにはカットバンとテーピングを入れていました。

でも戻る勇気がなかった。余分な体力も無かったし、多少の痛みなら我慢出来るという、何の根拠も無い、甘い見通しだけがありました。ウルトラを舐めていたんだと思います。

やがて足の痛みが増し、リタイアを決意するのですが、80km地点手前のスペシャルバッグの存在を思い出します。中にはB&Dで買ったばかりのランニング用ヘッドライトが入っています。

途中棄権の選択肢なんて全くなかったので、スペシャルバッグは全てレース後に廃棄されるという仕組みを知ったのは、足を引きずって歩く僕に大丈夫ですか?と声をかけてくれた係員さんから教えてもらったのでした。

嫁にウルトラが終わっても、ベッドライトは有事の時に役立つからと説き伏せ、買ってもらったモノです。みすみす江戸川に棄てる訳にはいかないという心理が働きました。

そのためには60km地点の杉戸町の関門を突破しなければなりません。僕はまた脚を引きずって走り出していました。

その結果、ほぼ最後尾を走る僕は、関門閉鎖の準備を整え、レースを見守る係員さんの拍手と声援を受けながら、杉戸町の関門をギリギリでクリアしていきます。近くで指笛が鳴りました。箱根復路の戸塚中継所でよく見るアレです。

ここまで来れば、あと20km歩いてベッドライトを回収すれば良いだけだったんですが、この瞬間、フィニッシュまでの道筋が一瞬、見えてしまったんです。もう限界なのに。

にダメージが無く、普段の状態だったら行けたでしょう。関門で不意に受けた拍手と指笛に何かを誤解して、脚を引きずりながら無茶して走ってしまったのです。

抵抗はむなしく70kmあたりから完全に歩きとなりました。歩くどころか、停まりも入ります。

その結果、左足首の筋断裂という、大きな代償を持って僕の柴又ウルトラは終わりました。

この状態でよく20kmも動けたなと、翌日、医者に言われましたが、その時、僕はウルトラの世界に夢中でした。きっと幸せだったんだと思います。


明日は最終回です。


【今日のひと言】
歩きは折込済みでしたが、エイド以外の停まりは計算外でした。あまちゃんですね。